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2004年7月3日
先日の事なのですが、夏も近づくクソ暑い中を元気に走るホンダライフを目撃しました。ライフと言ってもミニバンの最新型ライフでは無くて大昔のライフです。懐かしい想いと、今までの愛車達が脳裏に蘇ってきたので、少しここに書いてみようかと思います。

   ホンダライフ 昭和48年式くらい?

 私が最初に買った車がこのライフ4ドアセダンでした。知り合いの車屋さんから破格で買ったのです。今思えば雨漏りはするし、音はウルサイし、クーラーなんて付いてないので暑いしで不快指数上がりっぱなしの車なのですが、若かった私には「始めての愛車」という事もあり、走り回って遊んでいたものです。最後は友達にあげたのですが、その友達が無謀な奴で「高速道路」を飛ばして走った結果、ハブがバラけてしまうというお粗末な最後を迎えたようです。合掌

  ホンダトゥデイ 昭和60年式

 次に買ったのがホンダトゥデイ(丸目)です。私が初めて買った「新車」であります。この当時のホンダはオートマがショボショボの「ホンダマチック」だったため「ガチャポンミッション」などと呼ばれていました。勿論、私は4Fマニュアルミッション車に乗っていたのですが、クーラーはガンガン効くし、雨漏りはしないし、音も静かなので(新車なので当たり前ですね)快適に乗っていましたが、当時は空前の峠ブームで世間ではワンダーシビックが夜な夜な峠で走り回っていたのです。そんなブームに影響されたのか単純な私はこの排気量550t の軽自動車で「六甲山」に走りに行っていたのです。当然ながら上りはお話になりませんが、いざ下りになると軽量の利点を生かして当時最速と言われていたシビックをアオリ倒していました。「六甲山」のごく一部の走り屋の間で「バケモノトゥデイ」と呼ばれていたようです(友達談)。最後は「クラッシュして廃車」ではなく、中古車センターにドナドナされていきました。今は地球に帰っておられるでしょうね。合掌

  いすゞジェミニZZ-R 昭和58年式

 峠に目覚めた私だったので「FFよりもFRがおもろいらしい」と思うのも当然でした。当時はドリフトなんて知りませんでしたので、単純にFFに飽きてきたってのがこの車を買った理由でもありました。こいつはジャジャ馬でしたねぇ。DOHCエンジンの咆哮を上げながら加速していくのは快感でもありました。しかし・・・峠で走る事は余り無かったのです。何故なら「トゥデイに慣れた私にはデカすぎた」のと「ハンドルがやたら重い」ので、峠はおろか街乗りでもヒィヒィ言っていたのです。しかし最高速(1??キロ)を初めて体験した車でありました。気に入って乗っていたのですが、余りの燃費の悪さに最後は買った店に出戻ってまいりました。この車も地球に帰っているでしょうね。合掌

 ホンダシビックSi 昭和62年式

 DOHCの快感に目覚めた私は六甲山で見たシビックの姿が強く印象に残っていました。当時はセナがマクラーレンホンダで破竹の勢いの走りをしており、このF1ブームでのホンダの強さもこの車を買った理由でもありました。この頃の私はホンダプリモ店に勤めており、社長の目を盗んでは車高調の足にしたり爆音マフラーにしたりしておりました。当時は改造車には厳しい時代で特に走り屋に人気のあったシビックはK察の目の仇にされ「シビック狩り」なる検問(シビックと見るや容赦なく停止させ、細かくチェックされる)があり、私もディーラー勤めの身ながら「故障車」のステッカーをよく頂いたのを覚えています。N港に走りに行く途中でメーターの針が右斜め下状態からスピンして大破、勿論そのまま廃車となりました。合掌

 トヨタスターレットDX 昭和58年式

 これは前出のシビックと同時に所有していたのですが、ジェミニでFRの楽しさを知っていたので「オモチャ」として格安にて購入した車です。1300tOHVと非力なエンジンでしたが、軽量な車体には充分なパワーでFRの素直なハンドリングが印象的でした。最後は知り合いに売ったのですが、事故で廃車となりました。合掌

 トヨタカローラ1600GT 昭和57年式

 これも前出のシビックと同時に所有していた車です。昔から「羊の皮を被った狼」みたいなのが好きだったようで(笑)おっさんのファミリーカーにDOHCのエンジンを積み込んだカローラ4ドアGTです。これも格安で手に入れました。この車も荒々しい車で、普段は普通のファミリーカーの姿をしてても、後ろからのパッシングを浴びたらシフトを1速落としアクセル全開!DOHCのサウンドを響かせながら離していくのでした。友達の弟に譲って、N港のドリフトでもバリバリ走っていたのですが、クラッシュして廃車と相成りました。合掌

 ホンダシビックSiR 平成1年式

 シビックSiを潰してしまった私ですが、またもやシビックを購入しておりました。しかもDOHCの弱点を見事に消し去ったVTECエンジン搭載のSiRです。とにかく速い車で低回転から高回転まで綺麗に吹け上がるエンジンに熟成されたダブルウイッシュボーンの足回りが武器になりました。コーナー進入をオーバースピード気味で入りパーシャルスロットルからアクセルを「ポン」と抜くとタックインが効いて「クイクイ」とノーズがインに入っていく感覚が最高で「こんなにコーナーで速いの初めてや」と感動しておりました。しかし調子に乗るのも適度にしておかないと痛い目を見ますね。見事にコーナーでクラッシュ、私も生死を彷徨う状態で車は「くの字」に折れ曲がり廃車、私は右手親指の動きを失ったのです。合掌

 スズキジムニー 昭和56年式

 ジムニー関しては何台か持っていたのですが、忘れられないのがフルオープンの「FK」というグレードの車です。ハーフメタルドアと言って、ドアの上半分が幌、勿論、屋根も幌になっております。雨漏り?クーラー無い?臭い?(2サイクルだし・・・)ウルサイ?そんなの気にしない〜!って感じの楽しい車でした。ポロポロと頼りないアイドリング音ですが、いざアクセルを踏み込んでいくと2サイクルのトルクでブイブイと走っていきます。和歌山からの帰り道であまりの渋滞に嫌気がさし「これは山越えで行くでぇ〜」と無謀にも山の中へ、そこは道ではなく「ジャングル」状態の場所だったのですが、小さなボディと四駆の利点でスイスイ進んで行きます。何台か後ろからファミリーカーが追いかけてきたのですが、途中で引き返して行かれました(当然です)結局は予想よりも遥かに早く大阪へ戻る事が出来たのです。こんなに楽しませてくれたジムニーなのですが、資金的な事情で泣く泣く売ることになりました。今はどうなっているのか予想も出来ませんが、とりあえず合掌

 日産VWサンタナ 昭和62年式?

 シビックを2台も潰してしまい反省した私は暫く車を持たずにいたのですが、どうしても不便で「なんでもええから車を買おう」って事になりました。格安で手に入れたのは日産が作っていたフォルクスワーゲンのサンタナだったのです。一応は外車、とにかく壊れまくってくれました(汗)特殊な燃料供給装置のおかげでエンジンはよく不動になるし、バッテリーは高いクセに1年くらいでダメになるし、足回りもドイツの車とは思えないくらいのヘタリ具合で「外車って安いけど高いねんなぁ」と思わせて頂いた車です。最後は阪神高速で走行中にミッショントラブル、走行不能となり廃車となりました。合掌

 マツダランティスクーペR 平成6年式

 サンタナで懲りた私は新車を購入する事にいたしました。5ドアとは思えない斬新的なデザインにV6DOHC2000tエンジン、当時のJTCCでの寺田陽二郎のいぶし銀の走りなどが購入を決めさせたのです。しかし、家の事情で長く乗る事は無くマツダのディーラーに買取りに出しました。今はどうなっているんでしょうねぇ?合掌

 

このランティスのあとに今の愛車のAWを中古で購入することになったのです。しかしまぁ色々と乗ってまいりましたなぁ〜。人に歴史あり、車に歴史ありって感じで書きながら色々と思い出したりして楽しくも感傷深くもありました。
これから?もちろんAWに最大の愛情を注いでまいりますぞ!最後の愛車になるのですから(笑)

 

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